■「脱施設」から「施設が不要な世の中」へ■
◆◇◆ノーマライゼーションとグループホーム◆◇◆
障害のある人や高齢者が他の人たちと共に普通に地域で生活するという理念、「ノーマライゼーション」という言葉を最近よく耳にします。そして、その実現のためには「入所施設から出る」と言う行為も必要になってきますが、その後の「見通し」がないと現実には難しい部分もあるかと思います。そこで、期待されているのが「グループホーム」です。
『グループホーム』とは、障害をもつ人が「普通の場所で普通の生活をする」ために、それぞれの人に必要な支援を与えながら「地域の中」で生活する場所です。 グループホームを作るには土地や建物もそうですが、良い世話人や後見人が必要不可欠です。
少し前ですが、「障害者を地域へ帰す」と言うタイトルの新聞記事がありました。(中日新聞 1月3日) 長野県の総合援護施設「西駒郷」を舞台に、入所者の地域生活を手伝う自律支援部長となった山田優さんのコメントも交え以下のように書かれています。
(引用)
山田さんにはある大きな期待があった。「ここで具体的な施策を掲げ、地域生活移行が魅力的に実現すれば、他施設にも大きな影響を与える。長野で成功させ、脱施設を全国へ広めたい」。その旗振り役を長野ならできると。入所者の中には、コミュニケーションが取れなかったり、体に障害がある重度の人もいる。何より、親なき後を心配し、退所を反対する親がほとんど。課題は膨大だ。しかし、「支える体制さえ整えれば、だれでも退所できる」と山田さんは断言する。
「何より大切なのは本人の意思」。入所者の多くは、本人の意思に関係なくここに来た。今度また、県の方針だけで地域へ出されることがあってはならない。 (中日新聞)
「ノーマライゼーション」と言うからには、「入所施設」から出て、「グループホーム」などで生活することになると思いますが、この記事を読んで長野は「脱ダム」に続き「脱施設」、と安易に入所施設を否定しているわけではないと言う事が分かります。
障害のある人が自ら「地域生活の方が幸せ」と思えるようにしようとしている。これは、非常に大切なことだと思います。その人の人生なんだから、私も出来ることなら「本人に選択してほしい」です。私たちにとっては当たり前の権利でも、知的障害者に対しては今まで見落とされがちだった権利のような気がします。本人と親が自然に「施設は不要」と思えるような環境を整備しようとしているんですね。 しばらく長野県からは目が離せそうにありません。日本の「ノーマライゼーション」の先駆け的存在になりそうな予感です。
ついこの前、「 障害持つ息子と63歳母が無理心中?…東京・武蔵野市」という、言葉にならないほど悲しい新聞記事がありました。(読売新聞 1月5日記事) この記事については「カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル」でも紹介されています。
今回紹介した長野県での取組みがきっかけとなり、障害のある本人と親が「生涯に渡って」「楽しく」「安心して」地域で生活できる環境を整えることが出来れば、きっとこのような悲しい出来事も二度と起きないのだと信じたいです。
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コメント
「脱施設」。夢ですよね~。
あたしの将来の夢はグループホームを作る事。
実現するにはかなり大変なことなんですけどね。
今高齢者のグループホームっていくつか見たことあるんですけど、
どうしても施設っぽさから抜けきれてないような気がして・・・。
一軒家で近所の人たちも気軽に寄っていけるような。そんなグループホームが夢です。
投稿: あや | 2004.01.12 21:45
いつも、コメントありがとうございます。
グループホームを作るのが「夢」なんて、
とっても素敵ですね。(^^)
中身は施設、名前だけのグループホームもあれば、
本当に本人の意思を優先して(わがままではなく)
地域に対してもオープンで、楽しく生活できている
グループホームもいくつかあるみたいです。
ちなみに、障害者グループホームのキーポイントは、
良い「後見人」の発掘とその人の正当な待遇保証だと思っています。
私たち親は先に死にますから、親亡き後、苦手な事の多い
障害者の支援と財産管理を安心して任せられる人と環境が必要かなと。
(他にも色々と課題はあるかと思いますが詳しくないです。)
私の最終目標もグループホームですね。
セイヤの自立環境を地域の人たちと協力して整えることが
できれば、他に望むものはありません。(^^)
投稿: Tamago | 2004.01.13 13:49