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2004.04.23

■我が子の障害がわかるまで

 カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクルで 『我が子の障害が分かるまで』 の体験談を募集していますので、トラックバックで反応させて頂きます。以前、「我が子の誕生から障害の受容まで」の体験談を簡単に記事にしましたが、今回はその中でも「我が子の障害がわかるまで」と言うことで、改めて書いてみます。

 まず最初に、カイパパさんからの質問に沿って簡単にお答えします。

◆◇◆自閉症の診断がつくまで◆◇◆

質問1:お子さんはどんな状態でしたか?
★今になってみると1歳の頃から既に自閉症の特徴はありました。二歳半くらいの頃は「自閉症の三つ組みの特性」が表面的にも完璧に揃っていたと思います。また、三つ組みの特性以外にも、
・手を顔の前でひらひらさせる 
⇒今はありません
・同じ場所で、クルクル、ピョンピョン 
⇒減少傾向です。現在も何をしていいか分からない時はやります
・ミニカー整列!(カイ君と一緒ですネ) 
⇒町を作るようになりました。
・大人しくて手がかからない(言い換えれば反応がない、または極端に弱い) 
⇒認知力の向上と共に手強くなる部分もありますが、こちらが適切な対応をとれば育てやすい子どもです。
などなど、教科書通りの自閉症児です(^^)

質問2:不安を感じ始めたのはいつ頃でしたか?
★全体的に発達は遅かったのですが、少しあせりだしたのは1歳になった頃からです。子どもには毎日会っていますから、少しずつ遅れは感じるんですが、なぜか「あれっ?」「やっぱ決定的に違うぞ?」と感じる瞬間が不思議とありました。でも、それを何月何日からとは言えないんです。不思議ですネ♪ 

質問3:診断は、どんな経緯でわかりましたか?
★普通では考えられない事ですが、三歳児検診で「異常ありません、個人差です」と言われました。その後、ちょっとしたことで耳鼻科に行ったのがキッカケとなり、療育センターを通じて専門医からキッパリと「自閉症です」と診断を受けました。

質問4:そのときどんな気持ちでしたか?
★呆れた事に、私は診断後も数ヶ月間は「自閉症=ひきこもり」と勘違いしていました。障害に対する否定期が異常に長かったせいか(この期間が私にとっても妻にとっても一番きつかったですネ)、診断によるショック期はたしかに強烈な物ではありましたが、「ダダ父通信」のおかげもあり、比較的早い段階で前向きな気持ちになれました。

【参考】自閉症の三つ組みの特性
①対人関係の障害。(相手の気持ちを察することが難しいなど)
②コミュニケーションの障害。(音声言語の理解など)
③強いこだわり、想像力の欠如。(見立て遊びが苦手、反復行動など)
==============================
◆◇◆我が子の誕生~障害がわかるまで(体験談)◆◇◆

■我が子の誕生(幸せ絶頂期♪) 
 私は社会人になって間もなく比較的早い時期に結婚し、セイヤはその後数ヶ月で誕生したわけだが、(ん??) 3400gの元気な赤ちゃんだった。当時も仕事は忙しかったが、その頃は家族3人で生活していた為に数ヶ月間は「子どもをお風呂に入れるから」と言う、普通ではありえない理由で夜の8時には帰宅していた。(この頃から親バカではあった☆)

 その頃の上司は、私の職場では珍しくアメリカンな人物で、家族との時間を大切にする人だったから、そんなことが可能だったわけだが、今になって思うと「赤ん坊のお風呂くらい一人で入れろよ!」と職場の人間には思われていたかもしれない。以前の体験談で誤解されている人がいるかもしれないが、私はセイヤを当時から溺愛していたと思います。ただ、「医師による誤診(3歳児検診での異常なしの診断)」や「仕事に追われていた」ということを理由に「自閉症」という障害を理解するまでにはかなり時間が必要でもありました。

■セイヤ1歳~2歳(障害に対する「否定期」)
 1歳辺りから、周りの子ども達と比べて全体的に発達が遅いということは感じていたが、それ以上に私は異常なほど仕事に追われており(夜中の2時帰宅なんてのもザラ)、あまり気にはならなかった。と言うよりも、気にしないようにしていた。今思うと、この頃から無意識下においても自分自身に対する防衛本能が働いていた。

 セイヤはとにかく一人遊びが大好きな子どもだった。遊びと言っても、「同じTV番組やビデオをジーッと観たり」、「バケツの水をコップですくったり、戻したり」、「ミニカーを並べる」ということをひたすら繰り返すだけなのだが、とにかく永遠とやるわけである。別に子どもとの関わりを親から怠ったわけではなく、こちらから話し掛けたり、抱っこしたり、ごっこ遊びを促すと、とにかく拒否するし、俗に言う「パニック」のようになることもある。

 私の接し方が悪いのかな?とも思い、近所の同い年の子どもに同じように接すると、その子ども達は喜んで私とコミュニケーションをとってくる。特に女の子なんて言うのは、しつこいくらいに関わってくるもんである(でも、大人の女性にはモテナイからカナシイデス・・・・・)

 そうなれば、おのずと「一人遊び」を黙認するしかないわけで、我が子と関わりを持ちたくても持てないんである。ただ、この時も「自閉症」のことは知らなかったが「俺も小さい頃は大人しかったから個性だし、個人差があるから」と言う、今思えばあまりにも強引な納得の仕方をしていた。また、「一歳半検診」や「三歳児検診」で検査医から「異常なし」と言われたこともあるかもしれないが、時々、セイヤが新しい事をすると(例えば、数字を並べるとか) 私たちはそれを過剰に評価し、「ほら、ちゃんと成長してるから大丈夫だよ!」と言うようなことを言っていた。この頃、何度「大丈夫だよ」と言っただろうか?明らかに、自分自身にも言っていたのは言うまでもない。

■セイヤ3歳(自閉症の診断 「ショック期」) 
 また、三歳頃になると体力もついてくるので、休日の夕方には度々セイヤをママチャリに乗せて公園に連れて行った。セイヤママが疲れている様子もあったからだ。ただ、この頃になると同年代の子ども達とは決定的に違っていた。ここでもやはりセイヤは「砂いじり」と「滑り台」くらいしかやらない。それもこちらが止めるまで永遠にやるんである。そして、この頃は当然のように「自閉症児には、はじめと終わりを予め視覚的に伝える工夫が必要」なんてことも知るはずがない。「さぁ、帰ろう!」と遊びを中断する度に「パニック状態」だった。ホント、周りから見たらただの「人さらい」だったでしょうね。(^^;

 また、周りの子ども達が自分のお母さんと楽しそうに一緒に遊んでいる様子を見ると、流石の人懐っこい私でもとても中には入っていけなかった。この頃だろうか?「世間の白い目」「孤立感」というものを、日常的にイヤと言うほど感じたのは・・・。そして、明らかにウチの子は違うわけだが、ここでも頑なに「個人差なんだ、いつかは・・・追いつくはず」ということを、本気で信じていた。と言うより、クドイけど信じこもうとしていた。

 三歳児検診では、こちらから発達の遅れについて医師に相談したのだが「個人差だ!」と逆にセイヤママは医師から叱られた。正真正銘の「ヤブ医者」である。そして、私立の幼稚園に入園して直後、ひょんなことから耳鼻科に行き、その後、療育センターを通じて専門医から「自閉症」のお墨付き??を頂いた。 (当然、三歳児検診を行った保健所には一言物申しましたヨ)

 しかし、その後も私は「自閉症」と診断されながらも、しばらく普通に生活していた。呆れた事に私だけ「自閉症=引きこもり」と勘違いしていたんである。「いやぁ、僕も小さい頃はいじめられっ子で、鈍かったし、自閉症なら大丈夫ですね(直りますね)」と本気で専門医に言っていた。呆れたアホである。

 実は、先日セイヤママから聞いた事なのだが、セイヤママは診断の翌日に、「自閉症の手引き」や「自閉症に関する本」を読んで、自閉症について大体の事は理解していたんだそうだ。ちなみに、その時にセイヤママから「自閉症」についての説明を私は受けていたらしい。 実は私はこれも 『マッタク、オボエテイナイ』 んです。(ちなみに、この頃も仕事で深夜2時、4時帰宅なんてのは当たり前でした。・・・・イイワケデス。)
 
 この頃のセイヤは言葉はほとんどなかったのだが、普通に私立の幼稚園に入ったことについては、よく他の親御さんから驚かれる。今思うと、入園前のテストや入園式は「ず~っと泣いていた」し、「見た目が普通」と言うのと、「私立」というのが理由だと思う。恐らく「公立」の保育園や幼稚園ならば、横のつながりが強いから、指摘されていたかもしれない。ただ、幼稚園の主任先生からは診断の少し前から「発達が遅いから観てもらった方が良い」と何度も言われた。なのに、その時の私は「なんで、そんな事言うんだろう?セイヤだって少しずつ成長はしてるよ!」な~んて感じでした。どうしようもないアホです。 
 主任先生、本当にあの頃は ゴメンナサイm(_ _)m 3年間、本当に楽しい幼稚園生活を親子ともどもおくれることが出来ました。心から感謝しています♪

 その後、Web上で「ダダ父通信」に出会い、それから少しずつ自閉症を知ることによって、ボチボチだがセイヤを「本当の意味で」理解できるようになってきました。私の場合は、診断によるショック期は短かったです。ただ、本当に申し訳なかったと思うのは、セイヤママにはもちろんだけど、やはり一番はセイヤに対してです。なぜなら、もっと早く「自閉症」って言うものを私が理解してあげれば、セイヤ自身の辛い思いを少なくすることが出来たはずだから。

 とは言っても、やはり今に到るまでは「時間が必要」だったし、改めて振り返ると、ドラマ「光とともに・・・」(第一話)とかなり重なっている部分があります。 ただ、決定的に違うのはセイヤは「よく笑う自閉症児(^O^)」ってことですネ♪

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コメント

我が家の息子も、よく笑う子供です(そして、たまたま自閉症児みたいです)^^

投稿: タロ吉 | 2004.04.30 16:48

やっぱ、「笑う自閉ちゃん」の方が
圧倒的に多いですよね~。(^^)

つぼみパパメーリングリスト2004でも、
ドラマ「光とともに・・・」については、
全般的に高い評価なんですが、
とにかく「笑う自閉ちゃん出してよぉ~~」って
言う要望だけは多いです。

私がご近所の新しい役員さんに
「明るい自閉症児です!よろしくお願いしマース♪」
って言ったら、なんだか不思議な顔されちゃいましたから(^^

でも、自閉症児は全般的に「よく笑います」ネ。
青年期の方で笑顔が少ない自閉症の人もいますが、それは
それなりの積み重ねの経験が原因なんだと思います。

投稿: Tamago | 2004.05.02 17:03

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