■【雑感】かなり話はズレますが。。
カイパパさんが、「チャレンジド」の概念、名称についての記事を再考としてアップされていて、その記事の関連リンクなども読ませて頂きました。「障害者」の呼称については色々な案が出されているけど、本当に考え方や捉え方は人それぞれだな~って思う。そもそも、大抵の人は自分の経験からくる考えがベースにあるだろうから、色々な意見があって当たり前なんですけどね。
ちなみに、ジョー研では事実上の標準(de facto stanndard)となっている、「障害者」という表現を主に使っています。理由は、一般に最も伝わりやすいからかな。ちなみに、「呼称なんてどうでもいい」なんて思ってませんよ。一応、企業人ですからね。特に、商品名や企画タイトルなど、名称の重要性はそれなりに理解しているつもり。
ただ、名称ってのは、一度スタンダードとして定着すると、よっぽどの決定打がない限り変わらない性質も持っているので、「障害者」に代わる呼称が出てくることは難しいんだろうな~、とも思う。
一方で、「自閉症」については、診断名でもあるし、一般に対しての誤解を招いているのは事実なわけだから、将来的に変わる可能性はあるかな?という気は多少しますけどね。 これまでも、「痴呆」→「認知症」とか、「精神分裂病」→「統合失調症」という実例はあるわけだし。
で、今回、カイパパ通信の記事に反応したのは、実はそういう名称云々のことじゃなくって、(その割りに長くてゴメン。。。) 当事者がついつい熱くなるケース、発言って、この手の話題に限らず多く見受けられるよな~ってこと。で、そういった場面を、普段、障害者と関わりのない人たちから見ると、どのように見えるんだろうな~ってこと。
なんとなくですけどね、「障害者や当事者ってこわいなぁ」とか、「何言っても反論されそうだから黙っておこう」とか、俗に言う「見て見ぬふり」の原因って、そういう部分にもある気がちょっとだけする。それが全てではないでしょうけど。
更に話がズレるけど、僕の職場でも、「賛同してくれる人」、「反論してくる人」、「無反応な人」っているんだけど、無反応が最も手強いです。反論してくる人って、最終的には強力な味方になる可能性もあるんだけど(それなりに思いもあるわけだから)、無反応は一番厄介ですね。なんてったって関心がない(or 無い振りをする)んだから。
で、障害についての話に戻すけど、そういうことを考えると、反応しにくい雰囲気を作るのはどうかな~って、思うことは多い。一昨年に委員として参加した市の検討会議でも、最初、そういう場面が某団体から何度かあった。これは、学校での保護者とかにも言えるかもね。決して、媚を売れとは言ってませんので誤解の無いよう。自分の意見をきちんと伝えることはとっても大切なことですから。とは言っても、伝え方のバランス感覚や表現の仕方って大事だし微妙だから、意外と難しいんですけどね。
で、今回のカイパパさんの記事や、関連リンクの記事はどれも素晴らしいと思った。妙な説得的な雰囲気は少なくて(ある程度は仕方ない)それでいて、避けて通りたくなるような難しい話題ながら、自分の考え、思いはキチンと表現しているし、建設的。みんなが普段からこういった感じで、行政や学校、地域の人たちと関わっていけば、きっと、良い関係は築けていけるんだろうな~って、思った。まぁ、どうしようもない相手も稀にいるけどね。
なんにせよ、僕らの子どもたちが、将来、地域の中で幸せに生活していくためには、何らかの形で地域の人たちの理解や協力は必要なわけだから、こういったコミュニケ-ションスキルは、僕も磨いていかないといけないなぁ、、と改めて思った次第です。
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コメント
trackbackありがとう。
いつもとちょっと違う文体のジョーさん、いいね♪
普段からお互い話し合っているだけに、拙文の真意をくんでくれた、さすがのエントリーに感謝です。
自分のブログにつけていただいたコメントに、ひとつひとつうなずきながら、結局ぼくたちは「本人の気持ちを確認したいのに、本人の気持ちを汲みきれなくて(=コミュニケーションの問題から)、親の、ある意味勝手な価値観で考えてしまっている」ところに問題があるのだろうな、と気づいたりして。
ホントに、えらそうなことを言うつもりはないんだよ。僕はブログで。
優しい気持ちを持った仲間たちと、論争もしたくない。
投稿: カイパパ | 2007.04.05 23:04
[カイパパさん]
>いつもとちょっと違う文体のジョーさん、いいね♪
★きっと、Mixi日記と同時に書いたせいだね~(^^ヾ
書き終わってから自分でも気づいたくらい文体が違うもんな。
ただ、この方が文章入力は楽だけど、つい長文になりがち。
あと、思ったまんま書いてるので、どうなんだろうねぇ。
でも、カイパパさんから良いって言われたので安心したかな。
こちらこそ、ありがとね。
僕は、カイパパさんは自己の客観視がすごく出来てると思って
るよ。少なくとも鈍感な僕よりはね(^^
カイパパ通信には、いつも、学びの機会をもらって本当に
感謝してます。
ま、ぼちぼち行きましょう。
投稿: ジョー | 2007.04.06 00:21
ジョーさんとカイパパさんの絶妙なやり取り、頼もしくもあり、うらやましくも思いながら、いつも拝見しています。熱い思いを冷静な頭で整理して提起されるカイパパさん。物事を俯瞰的に、少し距離を置いていろいろな視点で紐解いてみせるジョーさん。ふみちちには、お二人がそんな風に感じられます。
ふみちちの関わる会では、難しい話題になればなるほど、ついつい力が入ってしまうこともしばしばですが、あまり難しすぎて頭の整理がつかず、一同だんまりになってしまうなんて光景も珍しくありません。そんな時、長としては決断力とか判断力、実行力なんかが要求されるのですが、最近は、「コミュニケーション力」がより要求されているんだなあと感じることが多くなってきました。というのは、父母同士、父母と学校、学校と地域、学校と行政などわれわれ障害児の親が関わるありとあらゆるところで、コミュニケーションの不足やズレに出会うからです。だからこそそこに、力を注いできたつもりなのですが、果たしてどこまでできたか・・・。
あせってもしょうがないので、ジョーさんおっしゃるように、ぼちぼちいきます。(^_^)
チャレンジドについては、なかなか自分の考えがまとまらず、みなさんのご意見を「ふんふん、なるほど~」などと感心しながら拝見していますが、“名は体を表す”っていいますから、呼び方も大事なんだろうなって思います。きっといつか、「障害児・者」に代わるふさわしい名前ができるはず。それをみんなで考え合うのが大事なんですね。
投稿: ふみちち | 2007.04.06 15:03
ジョーさん、こんばんは。
年度末、新年度で忙しく過ごしていましたが、久しぶりにこちらをお邪魔したら、ジョーさん調ではないけど?ジョーさんらしい文章を拝見して嬉しくなりました。ごめんなさい!めちゃくちゃ失礼な言い方ですが、今回の記事を読んであらためてジョーさんはバランス感覚の優れた方だなぁと感心しました。面も名前も割れているのに免じて(?)失礼をお許しください。
障害者の呼称や自閉症という診断名については、ジョーさんのご意見に同感です。そこで、記事とズレますが、コメントさせて下さい。
私は、「普段、障害者と関わりのない人たちは『話しても解ってくれない人たち』」という姿勢を心掛けています。彼らと当事者(関係者含め)の間には、立場上、分かり合えないコミュニケーションを阻む壁があるという考えからです。分かり合えない部分を想像力で補うという思いやりのある関係に発展するのは稀で、ほとんどは壁にぶつかって諦める、誤解する…と散々なものです。そこで様々な立場の人に関わるには、コミュニケーションを円滑にするための技術や戦略が必要です。地域、行政、学校、病院、各種団体など、同じ対応でうまくいく訳がありません。ビジョンさえしっかり持っていれば、多少の媚も厭わない。主張が強すぎて相手が引いてしまわないように、相手の立場も考えて聞く耳を持たせる。相手の見極めも大事になります。姑息だという批判も受けましたが、私は障害者の家族という立場だけではない視点を失わずに、世の中の動きをにらみ、時機を逃したくない、その一心です。
「チャレンジド」という言葉の背景にある思想は素晴らしい。ノーマライゼーションもそうでしたが、はじめて聞いたとき、そんな考え方もあったのかと目からうろこが落ちる思いがしました。名称としてはともかく、コミュニケーションの一助として「チャレンジド」は説得力があると思います。みなさんベクトルは同じ方向なんですけどね、優しい気持ちがコミュニケーションの壁になる場合もあるのかな…
子供達が快適に暮らしていける環境を整えるために、今ある暮らしの中から、自分ができる支援を一つひとつ地道に続けていくしかないですね。長々と失礼しました。
投稿: ほし | 2007.04.07 18:55
[ふみちちさん]
ふみちちさんは、地元の会のリーダーもされているんですね(^^)
リ-ダーを経験した人にしか分からない次元のことって、沢山ありま
すし、ふみちちさんのコメントにはいつも何かしらの印象が僕には
残ります。
>きっといつか、「障害児・者」に代わるふさわしい名前ができるはず。
★これは僕もそう思いますよ。言葉って進化する物ですからね。
どんな決定打が出てくるんだろう?その頃には、人の価値観とかも、
随分変わってきているのかもしれませんね。
[ほしさん]
>面も名前も割れているのに免じて(?)失礼をお許しください。
★いえいえ、失礼なんてとんでもないです。お名前もお顔も、バッチリ
覚えているので、またどこかで見かけたら、気軽に声をかけてくださいね(^^)
>私は、「普段、障害者と関わりのない人たちは『話しても解ってくれない
>人たち』」という姿勢を心掛けています
★これ、良いですね。僕はこういうのアリだと思います。
決して、端から諦めるという意味じゃなくって、過剰な期待を相手に
抱かないようになるだろうから、熱くなりがちな人には特に有効かも
しれませんね。
で、教えてもらってばかりでは悪いので、僕からも一つ。
僕の場合「僕の尊敬している人が今の自分を見ていたらどう思うだろうか?」
と意識するようにすることはあります。
自分を外から見る練習ですね。ただ、肝心な時にこれを忘れて、後で
凹むことはしょっちゅうですけど。。。。。まだまだ青いのです。
投稿: ジョー | 2007.04.08 01:43