(一部修正:ちょっとだけ本音の気持ちを追加)
ふとした想いから、セイヤが生まれてから現在に至るまでの過程を簡単に書いてみることにしました。と言うのも、「セイヤ」カテゴリーの余暇活動などを読んだ人(特に幼年期の自閉症児の親御さん)の中には、「セイヤ君は言葉もあるみたいだし机にも向かえるから机上課題やビデオゲームとかも出来るのだろうなぁ・・・・うちの子は言葉もないし・・・」みたいなイメージを植え付けてしまっていないかな?と思ったからです。
私も3年ほど前、「ダダ父通信」のダダ君の「電車一人旅」を読んで似たようなことを勝手に思ったことがありました。とは言ってもセイヤはまだ7歳ですし、私も親としての経験は浅いですから、一つの実例を伝えて3年前の自分に「明日への希望・勇気」を与えるつもりで書いてみます。
◆◇◆セイヤの誕生から現在に至るまで◆◇◆
■1996年 (誕生)
セイヤ誕生!3400gの元気な男の子(^。^) 比較的安産でした。
■0歳~1歳半
とにかく「クール」な赤ちゃん。 「つられ泣き」をしない。 他の赤ちゃんを気にすることなく一人でおとなしく大体決まったものを触っていつまでも遊ぶ。
『他所の赤ちゃんと一味も二味も違うぞ、将来は「数学学者」にでもなるかな?』 ←本気で思っていた。
■1歳半~3歳
一人歩きなど、身体的な発達は少し遅く、三歳になっても言葉が出ない。保健所での三歳児検診で「発達の遅れ」について医師に相談したが、「個人差だから気にしなくて良い!」と叱られる。
今になって思うと、この時点で「自閉症」の特性・特徴はすべて表面的な行動としても現れていた。
また、この頃の私は仕事に追われる毎日でセイヤママの気持ちを半分も理解していなかったと思う。休日には近くの公園にセイヤを連れて遊びに行ったが、周りの子どもと親が遊んでいる姿を見ると正直言って妬みや嫉妬のような気持ちも感じていた時期。
■3歳~4歳半 (幼稚園に入園)
恐ろしいほど呑気な私は、普通に私立の幼稚園を希望して、普通にセイヤも入園。(これについては皆さん驚かれることが多い)
先生にはとても恵まれ、周りの子供たちはセイヤにとても優しい。セイヤの奥さん気取りの女の子もチラホラ、バレンタインのチョコは最大8個を記録!!(#^.^#)
ただ、幼稚園ではほぼ毎月と言っていいほどメイン行事があるが年少さんの頃は特に行事の度に私もセイヤママもかなり精神的に傷ついていた。お互いが言葉では強がりを言っていた気がする。でも、セイヤはいつも一生懸命に頑張っていたし、園の先生方やセイヤに私たちは支えられていたのだと思う。
ひょんなことからセイヤを耳鼻科に連れて行き、そこの医師から「療育センター」を紹介される。
(今思うと、この先生は自閉症というものを知っていた気がする)
三歳児検診の話をすると先生は呆れた様子だったが、ここでも私は叱られる。
療育センターを経由して何度か発達検査をした後、某大学病院の小児発達の専門医から「自閉症」の診断を受ける。ここで、大抵の親は「自閉症」について色々と調べるはずなのだが、とにかく仕事第一主義の私は「自閉症」=「引きこもり」と思い込み、実際には納得いかない部分もいくつかあったが、数ヶ月は「現実逃避」の時期が続く。「セイヤは少しづつだけど成長しているし、いつかは・・・・治るはず・・・・」と言うような想いを持っていた気がする。ただ、根拠のないそう言った気持ちが自分も家族もさらに苦しめていた。
Web上で「ダダ父通信」のサイトに出会う。とにかく、「ダダ父通信」は私の最初の恩人です。それまでセイヤに接してきた私のやり方が全て間違いであることに気づき、セイヤに対して「精神的虐待」を続けてきた自分の愚かさを痛感しました。(車を運転中に自然に涙が出てきて前が見えなくなることも度々あったかなぁ)
■4歳半~6歳
「自閉症」をキーワードに、「TEACCH」や「IEP」などの本を読み、家庭内IEPを開始する。最初の目標は筆圧を上げるために『色を自分で選んで塗り絵をする」だった。年中くらいまでは、どんな塗り絵でも「黒」でグリグリッ! その後、枠からはみ出すけど「自分で色を選んで適当な場所を塗る」 と言うことが出来るようになる。幼稚園で周りのお友達がそれを見たときは、みんな大騒ぎ・大喜びだったらしい
(^^) 先生からも感激のお手紙をもらった。
家庭内学習で最も気をつけたのは「本人が楽しむ」と言うこと。親が力を入れ過ぎて「そこだ!書け!書くんだ ジョォォォォ!」みたいな感じにはならないように気をつけました。あと、本人の好みと発達段階に合った課題を用意するのに苦労したのを覚えています。(今も苦労してます(^^ゞ )
言葉は年中さんの頃に「あいうえおボード」で覚えたひらがなを一文字づつ声に出すようになり、その後、特定の「名詞」の一語文、「オオム返し」が増える。但し、要求などのコミュニケーション手段は動作が主体で身近な人間でないと分からない。
この頃、自閉症協会愛知県支部(つぼみの会)の会員になるが、たまに療育関係のセミナーに行く程度。 同時期に家庭内の構造化を開始、少しずつだが、明らかにコミュニケーション能力や概念形成のレベルが向上する。
■6歳~現在(7歳)
幼稚園の三年間はずーっと良い先生とお友達に恵まれ、視覚的に理解するセイヤの特徴を考慮した療育・教育サービスを受けることができました。年長の鼓笛隊では「小太鼓」を担当し、最初はハラハラでしたが、秋頃には「隊形移動」もバッチリで、セイヤもすごいけど、それを教えた先生の療育センスには ただ、ただ、脱帽です。
その後、ハラハラ、ドキドキしながらも就学 (^^) (詳細はつぼみの会父親部HP「パパのちからこぶ」に掲載の就学体験談を参照してください)この頃に、つぼみの会父親部の仲間にも出会う。 そして、セイヤは今年から元気に地元の小学校に通っています。
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かなり駆け足で振り返ってみましたが、本当に色々あったなぁと思うし、セイヤの成長と合わせて私も成長していることをつくづく感じます。これからも本当に楽しみです(^^)
未だにTEACCHの構造化を「絵カードで指導するのは言葉を遅らせる」「仕切り壁に頼ってたら自立できない」なんてことを言う人もいます。私たちメインストリームも、そば屋の座敷などにある「仕切り壁」がなかったら落ち着いて食事も出来ないし、「道路標識」や「看板」があるから安心して運転もできます。「トークアシスト」や「QHW」などを批判する人もいますが、そういう人にかぎって「カーナビ」を使ってたりしますね =^ェ^;=
エンジニアのデスクなんかも仕切り壁のあるオフィスは多いですよ。 あれがないと居眠りができない・・・・ちがう、ちがう!「仕事に集中出来ない」です。
セイヤには自閉症という障害がありますから苦手なことも多いし、私たちが日常生活で利用している構造化よりも、もっとたくさんの構造化が必要です。言葉も増えてきているけど理解は別ですから、余暇活動などを選択する時は「文字を書いて」伝えると、希望のものに「○」を書いて教えてくれるようになりました(^^)。 言葉だけではまだストレスがあるのでこうしたコミュニケーション方法を我が家では取っています。この方がセイヤの笑顔が増えるから本人も楽しいのではないかな?
自閉症は「スペクトラム」ですから人それぞれ違いますし、今回の記事を読んでも受け取り方は様々だと思います。ただ、自閉症児の根底には「自閉症の三つ組みの特性」がありますから、いくつかは共通点がある方も多いのではないでしょうか?これからも「セイヤ」カテゴリーでは、「子どもの成長記録・親バカ」な記事をたくさん書いていく予定です。
最近、パソコンもお気に入り(#^.^#)

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