2004.02.05

■【医療】着床前診断、男女産み分け・遺伝病診断■

神戸市の産婦人科病院で男女産み分けを主な目的とした「着床前診断」が行われていたようです。
  ・無申請で着床前診断、2例は男女産み分け 
   (読売新聞 2月4日)
  ・大谷院長が一転陳謝、学会に申請へ…着床前診断 
   (読売新聞 2月4日)

(引用)
 体外受精卵の染色体異常や性別などを調べて選別する「着床前診断」を2002年から3例実施していたことを、神戸市灘区の大谷産婦人科(大谷徹郎院長)が、3日明らかにした。
 着床前診断は命の選別との批判があるため、日本産科婦人科学会は会告で、実施を「重い遺伝病の診断」に限定しており、これまで申請を認めた例はない。同産婦人科では、2例は男女産み分けを希望し、1例は染色体異常を心配し診断を望んだため実施したとしているが、いずれも会告には該当しないとみられる。大谷院長は学会員だが申請しておらず、生命倫理をめぐり波紋を広げそうだ。(読売新聞)
 最初に個人的な考えを書きますが、本来は自然であるべき「生命の誕生」について人為的な技術操作が介入することは全面的に反対です。
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『命の選別』という考え方について
 日本産科婦人科学会は「着床前診断」を命の選別と批判していますが、既に「中絶」を認めている立場で何を言ってるのかな?と思いました。「中絶」そのものが「命の選別」のはずですし、もっともらしいことを言っているつもりかもしれませんが、明らかに学会側の発言はこの点については矛盾していると思います。 

 大谷徹郎院長は20週目とかで中絶よりは、受精卵の時期に選別した方がまだマシと考えているようです。たしかにどっちか選べと言ったら分からなくもないですが、選ぶこと・比べること事態に疑問を感じます。突き詰めて考えると個人的には「五十歩百歩」だと思います。
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遺伝病の診断、治療に関する技術について
 これに関しては私も一部について自分の考えに揺るぎない自信がありません。1990年から始まったヒトゲノムの解読研究は一段落し、更に医学の進歩は急速なスピードで発展し続けています。もちろん、これらの研究は様々な病気の治療につながるため大変有用なものだとも思います。そして、生命の誕生についても受精や着床を操作できるようになり「代理出産」なども可能になってきましたよね。すごく理想論のように感じるかもしれませんが、やはりこの手の医学の進歩は素晴らしい反面、長い目で見たら「人間は破滅」に向かっているのだと思います。私はその頃生きていないと思いますけどね。 

【もし自閉症の着床前診断が可能になったら】
 自閉症は一般的に言われる「遺伝病」ではありません。ただ、人間も生き物ですから遺伝的な影響はあるとされていますが、現時点において原因究明には到っていません。 
(ヒトの遺伝子は’90年当初は10万個ほどあると予想されていましたが、ヒトゲノム解読の結果3万個程度であることが解りました。そして、ヒト遺伝子に欠陥も脆弱性も全くない人間はほとんどいないと言われています)

 仮に将来、自閉症の原因が解明されて着床前に診断が可能になったら「ほとんどの人は自閉症児を出産しない」のではないでしょうか?もし、何らかの遺伝子操作等により「自閉症が治療できる」ようになったらほとんどの親は自閉症の子どもを治療する(メインストリームにする)のではないでしょうか?自分でも「揺るぎない自信がない」と言ったのはこのことです。でも、本音としては「ありのままのセイヤ」を大切にしたいです。

 私は「自閉症のセイヤ」に出会ったことで、それまでの「ものの考え方」、「ものの見え方」が変わりました。とにかく「スペシャルな子ども」だと実感しています。「自閉症ではないセイヤ」は私の目の前にいる「セイヤ」ではなくなるのです。そして、セイヤに出会えなければ私は今よりももっと「どうしようもない人間」だったと思います。

 世の中に生まれてくる子どもは、障害があろうが、なかろうが、全て必要な存在なのだと思います。そして、そのどちらかがこの世からいなくなったとしたら「バランスは崩れて」取り返しのつかないことになるのだと思います。でも、セイヤに出会う前の自分に言ってもこの意味は理解できないかもしれません。

 セイヤと関わる人たちは不思議と「優しく」なっていきます。セイヤは人間にとって「優しい」と言う気持ちは、人として「優れている」と言うことなんだって私に教えてくれました。こんな当たり前の事を教えてもらわないと実感できないのは情ないことですね。もしかしたら、昔の人はそう言ったことを普通に理解していたのではないでしょうか?

 「病気」と「障害」の定義の一つが「治癒する・しない」だと思いますが、医学が進歩して、もし「自閉症」が病気になった時に、私たちは『失うものも沢山ある』と言うことを覚えておく必要があるかもしれません。
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 「カフェ日誌」に、この新聞記事にたいしてのコメントが書かれていました。

(引用)
 まさに、人間が神になれる時代である。
我々は神の技術を使いこなせるだけの精神を有しているのだろうか?(カフェ日誌)
私は有していないと思います。

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